子どもが複数の言語を使い始めると
「日本語の中に英語が混ざる」
「複数の言語を同時に使う」
といった場面が増えてくることがあります。
実際にニュージーランド在住の日韓家庭のわが家でも
・日本語+韓国語
・日本語+英語
・日本語+韓国語+英語
が混ざった状態で話すことが増えてきました。
このような状態を見ると
・ちゃんと使い分けられていないのでは?
・言語の発達に問題はないのか?
と不安になることもあると思います。
しかし結論から言うと、言葉が混ざること自体は珍しいことではなく、多言語環境では自然に起こる現象です。
この記事では、この記事では、ニュージーランド在住の日韓家庭でトリリンガル育児を現在進行形でおこなっている筆者(父親)が
・なぜ子どもは言葉を混ぜて話すのか
・実際の家庭でどのように起きるのか
・親はどう対応すべきか
について、実体験をもとに整理していきます。
子どもが言葉を混ぜて話すのは普通のこと?
結論から言うと、複数の言語が混ざること自体は特別なことではありません。
多言語環境で育つ子どもにとって
・どの言語を使うか
・どの言葉を選ぶか
はその場の状況によって変わります。
そのため
・一つの言語だけで話す
・完全に切り替えて使う
というよりも、複数の言語を同時に使う状態になることは自然なことです。
ここで重要なのは、「混ざっている=できていない」ではないという点です。
むしろ
・複数の言語を理解している
・その中から選んで使っている
状態とも言えます。
なぜ子どもは言葉を混ぜて話すのか
子どもが複数の言語を混ぜて話す背景には、いくつかの理由があります。
これは単純に「まだうまく話せないから」ではなく、言語環境と使い方の積み重ねによって自然に起きている現象です。
説明が難しいとき、出やすい言葉を使う
まず大きな要因の一つが、「その瞬間に一番出てきやすい言葉を使う」ということです。
わが家でも
・学校での出来事を話すとき
・内容が少し複雑になるとき
に言語が混ざることが増えます。
例えば
・クラスの様子を説明する
・友達とのやり取りを伝える
といった場面では、その場面で実際に使っている言語(英語)がそのまま出てきやすくなります。
これは能力の問題というよりも、記憶とセットで言葉が出ている状態とも言えます。
ベースの言語に“補う形”で混ざる
多言語環境の子どもは、完全に言語を切り替えるというよりも、一つの言語をベースにして、他の言語で補う形をとることが多くなります。
わが家の場合
・父親との会話 → 日本語がベース
・母親との会話 → 韓国語がベース
となっています。
その上で
・分からない単語
・その場面で使い慣れている言葉
が、韓国語や英語で補われる形になります。
例えば
・「진짜(本当に) easy だね」
・「クラスでloudにする子がいてね」
・「벌써 (もう)金曜日だね」
といったように、
日本語の文法構造は理解していて、その上で単語が別の言語に置き換わっています。
つまり、文章の軸ははひとつなのです。
また最初のころは
・日本語+英語
・日本語+韓国語
のように混ざることは多かったのですが、英語力が上がるにつれて日本語の会話の時は、3言語が同時に混ざるケースも増えてきました。
使っている環境がそのまま反映される
もう一つ重要なのが、どの環境でどの言語を使っているかです。
わが家では
・家庭 → 日本語・韓国語
・学校 → 英語
という環境になっています。
そのため、学校で経験した出来事を話すときには
・英語の単語
・英語の表現
がそのまま出てくることが増えました。
これは、言語が環境ごとに紐づいている状態とも言えます。
違和感が少ない家庭環境も影響する
一般的には、子どもの言語が混ざると違和感を覚えることも多いと思います。
しかしわが家の場合、夫婦間でも日本語と韓国語が混ざるのが自然な状態だったため、子どものコードミキシングに対しても、強い違和感を覚えることはあまりありませんでした。
このように、家庭内の言語の使い方そのものが、子どもの言語スタイルに影響している側面もあります。
実体験|わが家で起きたコードミキシングの変化
わが家でも、子どもの言語が混ざる現象は自然に起きてきました。
ただし、それは最初から今の形だったわけではなく、環境の変化とともに、混ざり方も変わってきたという印象があります。
最初は韓国語だけが混ざっていた
もともとわが家では、多言語育児のOPOLの教育法を実践していて
・父親とは日本語
・母親とは韓国語
という環境で育っていましたが、日本語の中に韓国語が混ざること自体は、早い段階から見られていました。
例えば、日本語で話している途中で
・韓国語の単語が入る
・韓国語で言い換える
といった形です。
この時点では、家庭内で使われている言語がそのまま反映されている状態でした。
OPOLについては、こちらの記事でも詳しくまとめています。

英語が伸びたことで混ざり方が変わった
大きな変化があったのは、隣に住んでいる友達と頻繁に遊ぶようになり、英語が一気に伸びたタイミングです。
それまでは韓国語中心だったコードミキシングに、英語も混ざるようになりました。
特に
・学校での出来事を話すとき
・友達との会話を再現するとき
に、英語がそのまま出てくることが増えました。
これは、英語が単に「理解できる言語」から、「実際に使っている言語」に変わった瞬間だったと感じています。
英語がどのように伸びたのかについては

こちらで詳しくまとめています。
最初は違和感よりも「変化」として受け止めていた
子どもの言語に英語が混ざり始めたとき、強い違和感や不安を感じたかというと、そうではありませんでした。
むしろ
ろは英語も自然に出てくるようになったんだな
という、変化を感じるポジティブな出来事として受け止めていました。
わが家ではもともと、夫婦間でも日本語と韓国語が混ざることが自然だったため、言語が混ざること自体に対するハードルが低かったことも影響していると思います。
今は「良い面」と「不安」の両方を感じている
現在の印象としては、コードミキシングに対しては、ポジティブな面と少しの不安の両方を感じています。
良いと感じる点としては
・複数の言語が自然に使えている
・それぞれの言語がしっかり育っている
という実感があることです。
一方で
・どの言語も中途半端にならないか
・特に日本語が弱くならないか
という不安もあります。
実際に、わが家でも日本語の使用が減ったと感じた時期がありました。
その時の具体的な変化や原因については、こちらの記事に詳しくまとめています。


その中で強く感じているのは、日本語は意識して関わらなければ維持が難しい言語であるということです。
英語や韓国語は、学校や現在の友人関係の環境の中で自然に使われる場面が多くありますが、日本語は放っておくと、少しずつ使う機会が減っていきます。
実際に
・語彙が出てこない
・別の言語で補う
といった場面も増えていきました。
だからこそ、日本語については意識的に関わり続ける必要があると感じています。
言葉が混ざることで問題はあるのか?
子どもが複数の言語を混ぜて話していると、
・このままで大丈夫なのか?
・どの言語も中途半端にならないか?
と不安になることもあると思います。
わが家でも、コードミキシングが増えてきた中で、安心する瞬間と、少し気になる場面の両方を経験してきました。
日本語は「使えている」と感じる瞬間もある
まず感じているのは、日本語が完全に弱くなっているわけではないということです。
例えば
・一人で絵本を音読している姿
・祖父母との映像通話で楽しそうに自然に日本語を使っている様子
・日本語のコンテンツを楽しそうに見ている姿
こうした場面を見ると、日本語はしっかり中に残っていると感じることができます。
特に印象的なのは、楽しみながら日本語に触れているときです。
理解しているだけでなく、感情と一緒に使えている言語は定着しやすいと感じています。
言語がどのように頭の中に残っているのかについては、


こちらの記事でも触れています。
一方で「出てこない場面」もある
その一方で、日本語がうまく出てこないと感じる場面もあります。
例えば
・長い説明をするとき
・興奮しているとき
・伝えたいことが複雑なとき
こうした場面では
・韓国語に切り替わる
・英語の単語で補う
といったことが起きやすくなります。
また、うまく日本語で表現できずに、少しイライラしている様子を見ることもありました。
これは単純に日本語ができないというよりも、言いたいことに対して語彙が追いついていない状態だと感じています。
環境による差はやはり大きい
もう一つ感じているのは、言語の伸び方には環境が大きく影響するということです。
実際に、英語は学校や友達との関係の中で自然に、そして急激に伸びていきました。
その一方で、日本語は同じようには伸びません。
この違いを見ると



日本にいればもっと自然に伸びるのではないか
と感じることもあります。
つまりこれは、能力の問題ではなく、どの環境でどの言語を使っているかの違いだと考えています。
結論|混ざること自体は問題ではない
こうした経験を踏まえて感じているのは、言葉が混ざること自体は問題ではないということです。
むしろ重要なのは
・その言語を使おうとしているか
・使う場面があるか
という点です。
コードミキシングは
・言語が増えている途中
・複数の言語を同時に使っている状態
で自然に起こる現象です。
だからこそ、混ざっていることだけを見て判断するのではなく、その背景にある言語の使い方や環境を見ることが大切だと感じています。
言葉が混ざるとき、親はどう向き合うべきか
子どもが複数の言語を混ぜて話していると、
・このままで大丈夫なのか?
・きちんと分けさせたほうがいいのではないか?
と不安になることもあると思います。
わが家でも同じように迷ったことがあります。
まず「混ざること自体」を問題にしない
これまでの経験から感じているのは、言葉が混ざること自体は問題ではないということです。
実際に
・韓国語だけだった混ざり方に英語も加わった
・状況によって使う言語が変わる
といった変化を見てきましたが、それはむしろ使える言語が増えている過程でもありました。
会話を止めずになおしてあげる
息子の言葉が混ざったときに私が意識しているのは、その会話を止めないことです。
子どもは、思いついたことや疑問に思ったことを早く伝えたいため、言葉を混ぜながらでも伝えようとしてきます。
そんな時、そのつど会話を止めて直したり、日本語に言い換えさせたりしていると、子どもは親との会話を楽しむこどころか、話すことがいやになってしまいます。
そこで私は、会話を止めずに、日本語で言えなかった部分をさりげなく日本語に直しながら相づちを打ったり、繰り返したりするようにしています。
例えば、



Volcanoは下から上に폭발するの?



そうだよ、火山は下から上に爆発するんだよ
といった具合です。
本当に見るべきなのは「使おうとしているか」
大切なのは、どの言語をどれだけきれいに使えているかではなく、その言語を使おうとしているかどうかだと感じています。
実際に息子は
・日本語で話そうとする
・わからない単語を聞いてくる
といった姿が見られます。
この「使おうとする姿勢」がある限り、完全に言語が失われてしまうことはないと感じています。
日本語だけは意識して守る必要がある
ただし一つだけ、強く感じていることがあります。
それは、日本語は放っておくと弱くなりやすい言語であるということです。
英語は学校や友達との関係の中で自然に使われ、韓国語も現在の友人環境内で日常的に使われています。
一方で日本語は、意識しなければ使う機会が減っていきます。
そのため
・親子の会話はできるだけ日本語で続ける
・絵本の読み聞かせを続ける
・週に1回でもいいので机に向かった学びの時間をつくる
といった形で、日本語に触れ続ける環境を作ることが必要だと感じています。
完璧を目指さないことが結果的に続く
言語が混ざる状態を見ていると



きちんと分けて話してほしい
と思うこともあります。
しかし実際には
・言語が混ざる
・うまく言えない
といった状態は自然なものです。
だからこそ、完璧を求めるよりも、使い続けることを優先することが大切だと感じています。
結論|止めるより「育てる」という視点
言葉が混ざることは、不安に感じることもあります。
ただそれは、複数の言語が同時に育っている過程でもあります。
無理に止めるのではなく、言葉が混ざること自体は自然なものとして受け止めることが大切です。
その上で、混ざったときの対応として意識しているのは
・会話を止めない
・最後まで伝えさせる
・必要であれば言い換えを手伝う
といった関わり方です。
実際に、うまく日本語で言えずに韓国語や英語が混ざる場面でも、無理に日本語だけに直させるのではなく、まずは伝えたいことを最後まで話させることを優先しています。
そしてその上で、日本語を維持するために意識しているのが
・親子の会話を日本語で続ける
・絵本の読み聞かせを習慣にする
・日本語で考える時間を意識的に作る
といった日常の積み重ねです。
こうした関わりを分けて考えることで、無理なく言語を育てていくことにつながると感じています。。
この記事が、同じように子どもの多言語教育で悩んでいる方の参考になれば幸いです。







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